おすすめBGM

『何か言いましたぁ……・・』
『別に何も言ってないよ』
『あれ何でしたっけあの曲ですよ』
『あぁ……何だったか……いつか聞いたような気がするけど』
  もう何年前になるでしょうか、開高健さんと山口瞳さんと初めてお会いした時に"いの一番"で質問されました、『君は若いが何件のバーを知っているか』、『但し店内に入って今日はハーフにしときましょうね、とさりげなく言ってくれるバーだよ』『高級なバー知ってる?値段の事ではないよ…・』どう答えたかは忘れてしまいました。ただ今想うは私にもやっとそのバーと出会えたと言う事です。

  福山に帰郷してから何年になるでしょうか、ひょんな事からの出会いでこの店を知りました。派手でなく地味でなく、やたらに温かい所でした。私が帰郷してからの不安をいつも優しく抱いてくれたお店です、そして写真家を一時期断念しつつ奮起をさせてくれた店です、その名前は《ミスティー》ママの名前は下江 桂子さん、尾道の対岸に向島が有ります、私と同じ出身です。幾度と無く通っている時に出てくる向島の昔を語り合った時、春の日だまりに縁側でのんびりと語っているような気になって、そこに一杯の御酒がかもし出してくれるこの感情は忘れ物を見つけたような気がします。

  木彫のブラウンの少しS字のカウンターに14人も座れば一杯でしょうか、そのカウンターの幅は75センチほどでしょう、その幅が河となって下江さんと、理香ちゃんそして時に出会うエリナさんの優しく憂いに満ちた穏やかな空間を作り上げています。 銀河の天の川と言った所でしょうか、織り姫様と彦星様.ここに集まる彦星様達は紳士達。
  年賀と暑中見舞いのポストカードが送られてきます、その撮影は私です、そしてそのお題目をくださる建築家の脇本さん、この難題にはいつも涙が出ます、でも結局は育てて頂いていますね、感謝しなければと……・しかし、大変です。その時期が来ると印刷会社の下中さんの電話に興奮を覚えてしまいます、そしてミスティーのカードと共に【あれやこれや】のオーナー川本さんのショップのカード依頼が同時に有ります。私にとっては年に二度の試練ですね、無事撮影終了のあとのここミスティーでの一杯は格別です。

  決して人前で泣く事は有りませんが、ここでの時間は心の中でオモイッキリ泣かせてくれます。安堵とはこの事かとかみ締めながら、あんな事あったけー、あの人の体良くなっただろうか、あの言い訳何て言おうか…・・、こんなホラいったらまずいぞ…・・ カウンターの下で合図を送っても見てますぞ、下江さんが…・『なんしょん、』…ホラネ。
  先達て写真展を開きました、そこに下江ファミリーが来てくださいました、 下江さんと共に語り、泣いたお店の女の人達が、…・嬉しかったです、とっても。 このファミリーの関係は、ミスティーの空間でした。

  時の河を渡る船に酔ってみませんか、あなたが扉を開けた時感じるのは擦過傷 春の匂いを感じた事が有りますか。現実の匂いでなく頭の奥で感じる、か・お・り。 なんとなく心地良い違和感と、懐かしい憧れの子を思っての擦過傷、そんな懐古が春を感じさせてくれたのか…・ 不思議な空間で出会った幾つもの物語り、揺るぎ無い感情と変わる事の無い思い出 不思議な空間で綴られたその思いは、ささやかな恥じらいの物語、 私にとってはそうなのです。

『そう言えばさっきの曲、確か…・・君と…あのバーで…』
『そうですよ…・ 下江さんが唄ってくれたでしょ…私を初めて連れていってくれた時にね…・』
『………』
『…………・・そんな事ではだめですよチャンと憶えててくださいよ、 下江さんによろしくね』
『…………何ダッケェ』
ゴメンナサイね、映画の真似したかっただけ、わかっていました、『ミスティーでしょ』
ミスティーはこんなお店です。 『いらっしゃい、今日はハーフロックにしておきましょうね…・・お疲れサマー』

無断で複写・複製をすることは、著作権の侵害となります

Copyright by ERM