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谷崎潤一郎が嶋中に問われた。
君が古典を訳するとしたら。
谷崎は躊躇なく答えた。
「自分が仮に訳するとしたら、源氏を措いてほかにない。」
それから6年の歳月の中で、谷崎は現代語訳に専念した。
何度も何度も書き見直しと 訂正ををし、
面目を一新するまでに至った。
昭和10年から6年の時間を要した。
谷崎が気を使い、
最後まで固執したものは、何だったのかと言うと、
日本語の文字の奥にあるもの、
それは歌占の力だった。
日本語の持つ美学に他ならない。
その美学への探訪を支えたのは、
香の香り、香道と聞いた。
薄く漂うその香りは式部が描く
源氏物語の文字世界へいざなった。
蝋燭の炎に力を得た香たちは、谷崎の五感を刺激した。
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今一度、日本語の持つ、文字の美学を炎の力で姿を変えた香りと共に、
秋の夜長に身を浸すのも一案では。
晩年彼は言う。
「私にして若し余生があれば、心行くまで修正し、ほんとうに完璧な物として世に送り出したい。」
そのとき彼の枕元には、揺らぐ蝋燭の炎に、源氏香が漂っていたと聞いた。
谷崎が訳し綴った源氏物語。
それは日本の美学そのものだった。 |
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