大工の守り神「聖徳太子」
大工の間では昔から聖徳太子がサシガネの裏目を考えたという言い伝えがあって、毎年、聖 徳太子の命日とされている日に、 場所を決めて集まり、聖徳太子の徳を偲びながら仲間同士の親睦を深めてきました。
この集まりを太子講と言います。
太子講では聖徳太子の姿を 描いた掛け軸や立像をお祭し、 酒や肴を供え、今年も怪我などしないように、また、仕事が繁盛するようにお願いします。
(『宮大工千年の手と技』より
抜粋) |
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もくぞうしょうとくたいしりゅうぞうきょうようぞう
▲木造聖徳太子立像「孝養像」
鎌倉時代の乾元2年(1303)、沙弥定證が息子の死後に
その菩提を弔うために作らせた像といわれる。
京の院派の仏師・院憲が作った。
「孝養像」と称されるもので、玉眼で彩色され、
髪はみづらを結い、両手で柄香炉を持った姿である。
胎内頭部に「乾元二年法印院憲作」という墨書がある。
定證起請文に「聖徳太子十六歳御躰,京都仏師印憲作」
というのは本像と思われる。 文献と銘文が照応する遺物は
珍しい。鎌倉時代末期 (14世紀前半)院派の佳作である。
三体の聖徳太子像がそろっているのは、
大変珍しい。
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