3. 両界曼荼羅(りょうかいまんだら)

(1)金胎利智不仁(こんたいりちふに)とは

五輪の塔婆図
五輪の塔婆図
 弘法大師によって日本に請来された曼荼羅の代表として、胎蔵曼荼羅(たいぞうまんだら)と金剛界曼荼羅(こんごうかいまんだら)が知られている。それぞれがインドの異なる時期に、異なる地方で成立した密教経典に説かれている。大日経(7C中、西南インド地方)に胎蔵曼荼羅が、金剛頂経(7C末〜8C初期南インド地方)に金剛界曼荼羅が説かれる。
 これらの二つの経典は、インドから中国への流伝ルートも伝持者も翻訳者も異なるが、弘法大師の師である唐長安青龍寺の恵果阿闍梨(けいかあじゅり)によって一対のものと見なされた。(両部の大経)そして、胎蔵曼荼羅と金剛界曼荼羅を一対一具のものとして弘法大師に伝えたので、後世これらを両界(部)曼荼羅と一括して呼ぶ事となる。恵果阿闍梨による両部両界の思想は中国古来の陰陽五行思想などの影響が大きく、密教教理を二元論的に解釈する上で両界曼荼羅を対照的に位置付けながら、同時にそれらは本来一つのものであるという金胎不二という理念を生むに至った。
 例えば胎蔵曼荼羅は、宇宙の物質的生成原理である五大の世界に視座をおいて説いている事から理(理とは客体、客観世界)の曼荼羅と言われる。一方金剛界曼荼羅は、精神的原理としての識大の世界に視座をおいている事から智(識は主体、主観世界、智に転ずる)の曼荼羅と呼ばれ、ここに金胎理智不二という理念が両界曼荼羅の規範となっている事が理解される。




HOME 曼荼羅 曼荼羅のおしえ
お寺様が大切に守られています文化財です。
無断にて複製すること又、転載する事は侵害なことであります。
転載等の際はあらかじめ当方に必ずご連絡してください。
Copyright by ERM