駄菓子編



すこんぶの歴史は古い。

 大正7年、都水産の先代が、電車の中で大工がしゃぶっていた昆布からヒントを得て、携帯用のすこんぶを考案した。

 線香の赤い帯紙で束ね、硫酸紙に包み、出身地の京都にちなんで「都こんぶ」と銘打った。

 やがてすこんぶは駄菓子屋や紙芝居屋御用達の一品となる。

 そして昭和28年、中野物産がチューインガム・サイズの赤い箱を考案し、劇場や映画館や国鉄の売店で売り出した。

 これが広く一般に知れ渡り、その人気にあやかって他社も次々に赤い箱のすこんぶを発売した。

 立派な赤い箱を身にまとい、すこんぶは駄菓子屋に戻ってきた。

 その後、駄菓子ゆえの共存共栄の関係を保ち、いまやこの赤い箱が、戦前生まれの駄菓子の貫禄を思わせるすこんぶの顔となっている。

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