いつか来た道・中華そば編
シナチクを「メンマ」と呼ぶようになった理由
シナチクを「メンマ」と呼ぶようになったのは、戦後のことである。シナチクとは「支那竹」、つまり戦前、日本が中国のことを「支那」と呼んでいたことから派生した言葉だが、そのシナチクが「メンマ」と呼ばれるようになったのには、次のような秘話がある。

 前出の小菅圭子氏によれば、メンマの名づけ親は、日本の丸松物産という会社の社長、松村秋水氏だとい う。丸松物産は、世界各国から輸入したメンマや中華材料を加工して、販売・輸出している会社。松村氏の曾 祖父が、台湾で貿易商をはじめたのがルーツという、業者の老舗である。

 さて、その松村氏がいうことには、「メンマ」という呼称を考えたのは昭和27年のこと。「メンの上にの せる麻竹だから、メンマでいこう」と、突如としてひらめいたのだそうだ。

 なんとも単純なネーミングだが、単純なだけにインパクトがあって、覚えやすいのは事実。さっそく松村氏 は「メンマ」という名称を意匠登録しようとしたのだが、当時有名だった「メヌマポマード」という商品と名 称が類似しているという理由で、却下されてしまった。

 もっとも、そのおかげで「メンマ」という名称は、だれもが自由につかえるようになり、現在にいたってい るというわけである。

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