心落ちつく、心のホスピス尾道

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 私は尾道が好きだ。
 子供の頃は何も感じず尾道の町を、路地を歩いた。黄金に光る尾道水道を船で渡った夕日のそれはただただまぶしかった。黄砂に煙る千光寺を何だか眺めていた。みなと祭りに出るのが心浮かれていた。住吉祭りの花火を友達と見に行った。何だか大人になった気分で・・・・・

 朝四時頃、水道を何艘もの市場へ向かう漁船だろう、エンジンの音をうつろうつろ聞いた。貨物列車のブレーキ音が哀しくも聞こえた。
 夢をもって東京に出た。尾道をほこりに感じ始めた。夏と冬が帰郷出来るその時期、自分の中で歯止めを失くした心で浮かれた帰った。尾道が、友が、両親が迎えてくれる事を期待して、弾んで帰ったものだ。そしてその通りでした。さまざまな経験をして、そして失敗の連続で東京を引き揚げて帰った時、尾道は、友は、両親は昔のそれではなく、冷たいものだった。冷酷と言うのにふさわしかった。つらかった。こんなはずではなかった。何が何だか無我夢中で頑張ってると気付いた。尾道は冷たくなんかない。人がやさしい、あったかい、尾道はやさしく自分を包んでくれていた。結局は自分の心の貧しさゆえに冷酷と思い過ごそうとしていただけであった。尾道は親と一緒ではないだろうか。子供時代はやさしく慈悲にみちた空気を与えてくれ、自我が強くなれば手厳しく怒ってくれ、そして暖かく見つめてくれる。尾道は親と同じだと強く今、思っている。
 過去、そして今、文豪と言われた人々、作家、画家、書家、音楽家、さまざまなアーティストが心疲れ尾道に立ち寄り心と身体を休め、時代を生き抜く名作を作りあげている。
 ・・・・・尾道は心なごむ親元だとやはり強く思う。その尾道で生きて行ける事は幸せだ。

 この町はお寺がよく似合う。きっとこの親にも似た暖かさは、仏様の力かもしれないと思いました。自分が疲れ、ただ歩き回った時、お寺の境内が、仏様が、とてもやさしく包んでくれました。お寺は、生きてる時に来るものだとやたら自分に対し感激した思いを伝えていました。
 私は尾道が好きだ。体験世界でのこの町、尾道を歩き改めて感じてみたい。そして大切にしたい。

 いつの日か尾道のお寺様にお許しをいただき、『尾道の仏教美術』そして尾道の方々のお力を借りて、『尾道の風土と食・尾道の文化』と題してまとめる事が出来ればと身震いするものを感じています。・・・・・作家が作家の特権として作品に折り込む事の出来る手法を用いて、尾道を折り込む事が出来たなら・・・・・。


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