ピアノの起源、誕生とその行方
Fortepiano Yamamoto Collection

 音を出すのに、弦を引っかいたり、こすったり、押したり、叩いたりする楽器は何 もヨーロッパに限らず世界中に見当たりますが、鍵盤を備えた特有のメカニックを持 つ楽器は、ヨーロッパで生み出されました。鍵盤を雄ことにより、発音するという工 夫は、ヨーロッパ中世において、まずオルガンから始まり、その後弦をひっかいて音 を出すチェンバロや弦を小さな金属片で叩くクラヴィコード、そしてハンマーで弦を 叩くピアノの発明へとつながっていきました。この楽器は、後にフォルテピアノとか ピアノフォルテと呼ばれ、今日ではピアノと呼ばれるに至っています。

 20世紀の終わりを迎えようとしている我々には、ピアノの存在はとてもポピュラ ーな楽器となってしまっていますが、このピアノは今からちょうど300年ほど前 に、イタリアのチェンバロ製作家バルトロメーオ・クリストーフォリにより発明され ました。この新しい楽器は、グラヴィチェンバロ コル ピアノ エフォルテ(弱い 音も強い音も出せるチェンバロ)と名づけられました。その後、ドイツにおいて初め てのピアノを製作したのは、当時最高のオルガン製作家であったゴットフリート・ジ ルバーマンでした。彼は、クリストーフォリのピアノに関する著述家マフェイの記述 に基づいて作り上げたものの、そのピアノは最初J.S.バッハには賞賛されませんでし た。しかし、その10年後の1746年には認められ、彼の楽器は15台もフリード リヒ大王(フリードリヒ2世)により購入されることとなりました。この10年の間 に、クリストーフォリのピアノを実際に見るチャンスを得られたことが、ジルバーマ ンのピアノの飛躍的な改良につながったと言われています。

 その後ドイツでは、このフリードリヒ2世の時代に、オーストリアとの間でいわゆ る7年戦争が始まり、この動乱を避けて多くの楽器製作家たちが、イギリスにのがれ ました。ピアノが知られるようになって、まもない当時のイギリスで、これらのドイ ツの鍵盤楽器製作者達は、この国のピアノ製作技術の基礎を築きました。イギリスに ピアノの夜明けをもたらしたこれらの人達は世に「12人の使徒」と呼ばれていま す。なかでも、クリストーフォリの流れをくんだジルバーマンの弟子のヨハネス・ツ ンペは単純化したピアノアクションを考案し、ペダル機構を付けるなどして、長方形 のいわゆるスクエアーピアノを作りました。その後、ジョン・ライプがエスケープメ ントを付け改良し、さらにスコットランド人のジョン・ブロードウッドも加わり、い わゆるダブルエスケープメントというイギリス式打弦機構を完成させました。そし て、折りからの産業革命の中で、価格も安い小型スクエアーピアノを大量生産し普及 させました。

 一方ドイツでは、有名なゴットフリートの甥のヨハン・アンドレアス・ジルバーマ ンからオルガン製作を学んだアウグスブルクのヨハン・アンドレアス・シュタイン は、クラヴィコードを理想とした、まったく独自のピアノアクションを生み出すに至 ったのでした。それは、撥ね返り式(ドイツ式打弦機構)と呼ばれるもので、モーツ ァルトに絶賛されました。J.A.シュタインの死後、自らも鍵盤楽器製作家だった娘ナ ネッテは、ウィーンのピアニスト ヨハン・アンドレアス・シュトライヒャーと結婚 し、弟のマテーウス・アンドレアス・シュタインとともに、ウィーンでピアノを製作 し続けました。父のドイツ式打弦機構をさらに改良し、後にそれはウィーン式打弦機 構と呼ばれる完成されたものとなりました。これは軽いタッチで、決して強くなく優 しい響きを持つ父の流れをしっかりと受け継ぎ、さらにそれを発展させたピアノと言 えるものでした。これに対し、イギリス式打弦機構よりタッチも重く、大きな音を出 すことができ、チェンバロの流れから来ていると言えるものでした。

 このウィーンのピアノを求めて、ドイツからはベートーヴェンが、ザルツブルグか らはモーツァルトが。そしてシューベルトは終世ウィーンのピアノを愛してウィーン を離れることがありませんでした。またシューマン、ショパン、ブラームス等の大作 曲家達も、このウィーン式打弦機構のピアノを心から愛したのでした。

 かくして、ウィーンはヨーロッパにおいて、ピアノ製作者と音楽家の聖地となった のでした。19世紀前半の約30年間の音域の上下の拡大は、ピアノに急激な変化を 強いることとなりました。すなわちハンマーは次第に大きく、重く、弦は太く、強く 張られるようになったのでした。つまり、ボリューム豊かな音を求めて構造もどんど ん大きくなっていったのでした。ベートーヴェンが、まさにこのピアノの変遷と共に 歩んだ音楽家であったと言えます。彼は、ウィーン式だけでなく、もう一つの大きな 流れであるイギリス式のピアノにも深く関わりました。そして、この二つの流れは、 共に次ぎの時代であるロマン派のピアノ音楽の発展を生んだのでした。

(はだのみどり  フォルテピアノ修復家)